読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

「ユーリ!!! on ICE」2-3話 マレビト ユーリ・プリセツキーの流離譚

 先日全12回の放送が終了した、フィギュアスケートを題材にしたTVアニメ「ユーリ!!! on ICE」
 愛をテーマに、個性溢れる魅力的なキャラクター陣とエモーショナルな演出の連続に私も夢中にさせられました。
 また、主人公勝生勇利の地元として佐賀県の長谷津町という架空の町が登場しますが、このモデルになった佐賀県唐津市が高校時代まで住んでいた私の地元であるため、見慣れたロケーションがアニメになり、そこに勇利やヴィクトルが存在しているという不思議な感覚も実に楽しめました。唐津市がフィクション作品で取り上げられるのは私の少ない見識では「ドグラマグラ」以来のことです。*1
 「ユーリ!!! on ICE」の2話及び3話は、この長谷津町が物語の舞台になりますが、視聴していて神話・民話的モチーフを感じさせる場面が多々あったので、話の概要、感想を交えて解説していきたいと思います。
 先に断っておくと、メタ視点での考察が多いのでこじつけのように感じられる箇所もあるかと思います。そこはご容赦願いたいです。


 基本的に読者は「ユーリ!!! on ICE」を視聴済みであることを想定していますが、一応主要登場人物を紹介しておきます。

f:id:JeanPaulSaturnus:20161222064014j:plain
勝生勇利(かつき ゆうり) 主人公。ヴィクトルとカツ丼が好き。この記事ではあまり触れない。

f:id:JeanPaulSaturnus:20161222064040j:plain
ヴィクトル・ニキフォロフ グランプリ5連覇の生ける伝説と呼ばれるロシア人。SNSにアップされた勇利の演技に何かを感じ、突如来日。勇利の押し掛けコーチに。癖がある性格。

f:id:JeanPaulSaturnus:20161222064058j:plain
ユーリ・プリセツキー ジュニアでの世界王者で「ロシアの妖精」の異名を持つ美少年。昨年のグランプリ会場で自分と同じ名前を持つ勇利を煽った。


 では本題に入りますが「ユーリ!!! on ICE」の第2滑走(2話)「2人のユーリ!? ゆ〜とぴあの乱」 のAパートで、ヴィクトルがSNSにアップした画像から居場所を特定したユーリ・プリセツキーもまた、ヴィクトルを追って長谷津にやってきます。

f:id:JeanPaulSaturnus:20161231102545j:plain
ヴィクトルがはしゃいだ長谷津城。モデルは唐津城だが、1話で勇利が言ったように見るべきものは何もない。
f:id:JeanPaulSaturnus:20161231102723j:plain
ユーリ!!!のキャラクターは大抵みんな自撮りが好き。顔が良い者の特権である。

ちなみにプリセツキーがヴィクトルに執着する理由は、彼が過去にヴィクトルと交わした約束をすっぽかされた為です。*2

f:id:JeanPaulSaturnus:20161231150254j:plain
プリ「優勝したらヴィクトルの振り付けしたプログラム、オレにちょうだい!」
ヴィク「いいよ。世界ジュニアで優勝したらオレのとこにおいで。最高のシニアデビューにしてあげる」
f:id:JeanPaulSaturnus:20161231150302j:plain



 さて、ヴィクトルに続いてユーリ・プリセツキーまでロシアから長谷津にやってきました。長谷津にとって二人は完全にマレビト(稀人)です。
 マレビトとは異界からの来訪者を指す言葉で、民俗学者折口信夫が提唱しました。稀に来る人と覚えると良いです。
 マレビトは神や祖霊などの尊い存在、あるいはその化身とされ、村に富と繁栄をもたらしてくれるので村人から歓迎されます。お盆もこの信仰の一種です。
 ヴィクトルはリビングレジェンドと呼ばれ作中では神のような存在ですし、プリセツキーも「妖精」ですのでマレビトたる霊格は充分でしょう。

f:id:JeanPaulSaturnus:20161231170630j:plain
異界の神(ロシアの妖精)長谷津に降臨。
f:id:JeanPaulSaturnus:20161231171648j:plain
歓待を受ける妖精の図。
f:id:JeanPaulSaturnus:20161231171609j:plain
マレビトを歓待することで富を授かることができる。

 ヴィクトルが長谷津へ来たことで勇利の実家でもある温泉旅館「ゆーとぴあ かつき」と「アイスキャッスルはせつ」には大量の人が押し寄せ、またユーリ・プリセツキーも来たことで興行「温泉 on ice」も実現しました。長谷津の人々にとってはまさにロシア人二人は富をもたらすマレビトなのです。
 しかしヴィクトルはともかく、ユーリ・プリセツキーはただ歓迎されるだけでは終わりません。なぜならこの長谷津来訪は、妖精にしてジュニアの王者たるユーリ・プリセツキーの大いなる貴種流離譚の序章に過ぎないからです。

 説明が前後しますがユーリ・プリセツキーは迷いながらも「アイスキャッスルはせつ」にたどり着き、勇利とヴィクトルに出会います。そこでヴィクトルから勇利とアレンジ違いのプログラムを貰うことになります。そのままヴィクトル同様勇利の実家でもある温泉旅館「ゆーとぴあ かつき」に滞在することになるのですが、ここからプリセツキーの苦難は始まります。

f:id:JeanPaulSaturnus:20161231173221j:plain
長谷津に来た当初はお洒落なトレーナーを購入したり、なんだかんだ満喫していたプリセツキー
だが……

 貴種流離譚という言葉に聞き覚えがない方に説明しますと、本来であれば尊い身分の者*3が何らかの理由により放浪の旅に出て、困難を乗り越えて成長するという物語の定型を指す言葉で、これもまた折口信夫の作った言葉です。
 なんとなくゲームやアニメ、漫画などでいくつかの作品が思い当たるかと思います。フィクション作品ではありふれたテンプレートであると思います。
 貴種流離譚には大きく分けて2つの種類があり、噛み砕いて説明すると、放浪の理由に本人に責任があるものと、本人に責任がないものになります。
 前者の代表として、アマテラスの屋敷で狼藉を働いた罰として高天原を追放され、後に地上で八岐大蛇を討伐し国つ神(地上の神)の大物となったスサノオが挙げられます。
 後者は三国志劉備がわかりやすいですかね。前漢の皇帝の血を引く(自称ですが)劉備が貧しい身分から軍勢を起こし、新しい国、蜀を建てて皇帝になるという典型的な貴種流離譚です。
 フィクションでは後者のパターンが圧倒的に多いかと思います。例えば先月発売されたファイナルファンタジーⅩⅤは国を滅ぼされた王子が仲間と旅に出て敵と戦うという後者に分類できるものでした。王子を庇護する巫女や神がいたりして教科書に乗せたいくらい正統派の神話の構造です。国を追われた、国が滅んだ、忌み子として親に捨てられた辺りは漫画などでもよくある設定ですよね。ジャンプ漫画の主人公はやたらめったら物語中盤で実はすごい血筋だったことが判明します。これもこちらに分類できるでしょう。

 話が逸れました。では、ユーリ・プリセツキーのケースはどちらになるのかというと、前者になります。1話の時点でプリセツキーは罪を犯しています。グランプリファイナルの会場のトイレで泣いている勇利を激しく挑発します。これが最初の罪です。さらに言えば長谷津に来たプリセツキーは「アイスキャッスルはせつ」にて勇利に蹴りを入れてやはり口汚く罵ります。この二つの罪に対する罰としてプリセツキーの旅は始まります。そしてその旅は勇利に完勝するその日まで続くのです。
(もちろん、プリセツキーが勇利を挑発したことと、ヴィクトルが勇利に可能性を見出したことは別の軸の話で本来は関連性はありません。ここでは物語の構造として、1話のあの時点で勇利とユーリ・プリセツキーがライバル関係になる因縁ができたということを言っています。)


 マレビトとして風呂と食事を与えられたユーリ・プリセツキーですが、この後、彼の苦難の始まりを象徴するイベントが起こります。勇利の姉である真利に、勇利と名前の音が同じで紛らわしいと「ユリオ」と命名されてしまいます。おまけに「ユリオ」という呼び名は勇利、ヴィクトルにも定着してしまいます。

f:id:JeanPaulSaturnus:20161231191243j:plainf:id:JeanPaulSaturnus:20161231191247j:plain
ユリオ誕生の瞬間。

 私はこのシーンを初めて見たとき違和感を覚えました。名前が紛らわしいならファミリーネームの方を生かせばいいのではないかと考えたのです。「プリセツキーくん」でいいじゃないですか。親しみを込めて「プリちゃん」でもいいです。なんなら「プリオ」でも。確かに話の流れ的には真利はその時点で母、寛子から「この子もユーリっていうのよ」としか紹介されておらず、プリセツキーの名は知らない状態ですが、それは脚本でなんとでもなる問題です。
 ですが、すぐに気がつきました。ここではユーリという名前が奪われることが重要なのです。
 千と千尋の神隠しがいい例ですが、名前という非常にパーソナルな物を書き換えられるというのは疑似的に生まれ変わることを意味します。
 生まれ変わるというキーワードはこの後に作中でも出てきますが、ここでの生まれ変わりは良い意味ではありません。呪いといっていい性質のものです。
 美しい、ロシアの妖精ユーリ・プリセツキーが惨めなユリオに変質してしまったのです。まるで日本の勇利が本物のユーリで自分が偽物のような扱いです。
 ここで明確にユーリ・プリセツキーには目的ができます。勇利を倒し、ヴィクトルを見返し、ユーリという自分の名を取り戻すという目標です。*4

f:id:JeanPaulSaturnus:20161231193212j:plain
勇利の姉、真利。名前を書き換えるという湯婆婆と同じ役割のキャラ。温泉勤務なので狙ってのことだろう。

 次の日、約束通り勇利とユーリ・プリセツキーはヴィクトルが作ったプログラムを教えられます。ヴィクトルは、肉欲としての愛、エロスを勇利に、無償の愛、アガペーをユーリ・プリセツキーに授けますが、プリセツキーはイメージ的に逆だと反発します。それに対しヴィクトルはイメージと違う方が面白いといい、二人は渋々了承します。二人の勝負は一週間後に「温泉 on ice」というイベントとして大々的に開催されることになりました。ここまでが2話の内容です。

f:id:JeanPaulSaturnus:20161231194427j:plain
プリ「コイツ(勇利)に勝ったらヴィクトルにはロシアに帰ってもらう!そしてオレのコーチになれ!それがオレの願いだ!!」


ここから第3滑走(3話)「僕がエロスでエロスが僕で!?対決!温泉 on ice」に入ります。

 勇利がエロスの解釈に悩むのと同じく、ユーリ・プリセツキーもまた、無償の愛、神の無限の愛アガペーを見出せません。ヴィクトルの気まぐれな発言で寺に行きますが効果はないようです。勇利と二人で露天風呂でへばっています。

f:id:JeanPaulSaturnus:20161231201231j:plain
寺で打たれる妖精。
f:id:JeanPaulSaturnus:20161231201246j:plain
三人の入浴シーンは貴重。プリセツキーは2話で他人と風呂に入れるかと発言していたが勇利ならOKなのか?

 その夜の食事で、勇利はエロスを正常な判断ができなくなるものと考え、自らの好物であるカツ丼に見出しました。それを笑うプリセツキーですが、しかし自分はアガペーを捉えられていません。
 プリセツキーはまたまたヴィクトルの気まぐれで滝に打たれることになります。*5

f:id:JeanPaulSaturnus:20161231202129j:plain
滝に打たれる妖精。滝行のような冷水で身を清める行為は神道では禊、仏教では水垢離と呼ばれ、その歴史も長い。

 ヴィクトルの気まぐれは功を奏しました。滝行のなかでプリセツキーは幼少時代の祖父との会話を回想し、自分にとってアガペー、無償の愛とは祖父が自分に与えてくれたものだと考えます。

f:id:JeanPaulSaturnus:20161231202843j:plain
最愛の相手が両親ではなく祖父であるというのがプリセツキーの家庭環境を端的に表している。
f:id:JeanPaulSaturnus:20161231203140j:plain
禊によって険が取れたプリセツキーの無防備な表情に勇利は戸惑う。この後、勇利に4回転サルコウを教えるなど心境の変化もあった。

 ではなぜ禊によってユーリ・プリセツキーは神の愛、アガペーを見出せたのでしょうか。それは禊が単に穢れを落とすだけではなく神を生む行為でもあるからです。
 天沼矛によって国を生んだ男神イザナギは死んだ妻イザナミに会いに黄泉国に赴きますが、腐って変わり果てたイザナミの姿を見て地上に逃げ戻ります。そして黄泉国でついた穢れを払うために禊を行うのですが、その際に生まれたのがアマテラス、ツクヨミスサノオの三神なのです。
 プリセツキーが禊によって神の愛たるアガペーを見出したのはこういう理由からなのです。

 そして「温泉 on ice」が開催されます。先に演技するのはプリセツキーです。

f:id:JeanPaulSaturnus:20161231205256j:plain
妖精の名に恥じぬ美しさ。衣装はヴィクトルのジュニア時代のもの。現在の身長がヴィクトルが180㎝でプリセツキーが163㎝である。ヴィクトルの何歳の時の衣装なのだろう。

 勇利から「今までとは違う」と称賛される演技で観客を魅了しますが、本人は「こなすだけで精いっぱい」「早く終われ」「こんなもんじゃねーんだよオレは」と不満が残る出来のようです。あるいはアガペーは祖父への思いだけではまだ未完成なのでしょう。

f:id:JeanPaulSaturnus:20161231205745j:plain
ラストは神に祈るように組んだ手を天に掲げる。手を組むというのはそれだけで宗教的な所作だ。

 次に勇利が滑ります。エロスを演じるにあたって色男ではなく色男を落とす美女になりきると決めた*6勇利の演技、そしてそれを見るヴィクトルの表情に敗北を確信し、プリセツキーは会場を後にします。

f:id:JeanPaulSaturnus:20161231210625j:plain
抱きかかえるような勇利のエロスのラスト。プリセツキーのアガペーとは対照的だ。

f:id:JeanPaulSaturnus:20161231210629j:plain
f:id:JeanPaulSaturnus:20161231211254j:plain
嬉しそうに勇利を見るヴィクトル。自分より勇利に興味を持つヴィクトルに、プリセツキーは敗北を感じる。

f:id:JeanPaulSaturnus:20161231211512j:plain
悔しさに涙を滲ませるプリセツキー。
f:id:JeanPaulSaturnus:20161231211838j:plain
プリ「勘違いするな!ファイナルで優勝するのはオレだから!」

 旅とは何かを得るために行うものです。それは物品であったり達成感であったり様々な形態があり得ますが、ユーリ・プリセツキーが長谷津への旅で求めたものは以前約束したヴィクトルのプログラムではなく、ヴィクトルそのものでした。しかしプリセツキーは長谷津で「ユリオ」という呪いを受け、勇利に敗北して肝心のヴィクトルは手に入りませんでした。
 ただ一つ手に入れた未完成の神の愛、アガペーを携えて、プリセツキーのユーリの名を取り戻すための旅はまだ続いてゆくのです。  

*1:他の作品をご存知の方は教えていただきたい。

*2:結果論としては二人の口約束は履行されている。プリセツキーはヴィクトルを訪ねプログラムを貰い、シニアデビューは優勝で幕を閉じた。

*3:ユーリプリセツキーは別に貴族でも何でもないが、上にもあるように妖精だし王者、つまり王族だから貴種にあたるとさせてもらった。

*4:これは最終話にて達成されている。勇利とユーリプリセツキーにそれぞれ自分の持つ記録を抜かれたことに関してヴィクトルが「二人のユーリ」という言い方をする。以前のヴィクトルなら「勇利とユリオ」と言うだろう。ただ、これは勇利に向けた言葉で、私はヴィクトルがユーリ・プリセツキーに面と向かって「ユーリ」と呼ぶシーンが必ずあると思っていたので予想は外れた。

*5:勇利は巻き添え。

*6:言うまでもないがこの色男はヴィクトルを指している。